人は自らが話す言葉の通りの人間になります。貧しい言葉しか持たない者は
貧しい人に。豊かな言葉を話すひとは豊かな人に。なぜなら、自分の話す言葉は
自分が一番よく聴いているものだから。
人間を建築に置き換えると、言葉は設計図になります。日本人が誇る技術の力は、設計図の言葉通りの建築を創り出します。だから、豊かな住まいのかたちは
設計図に表わされた線や寸法が、どれだけよく考えられているかに懸かってます。
住まい手の、願い、夢、希望。目にはみえない大切なものを、現実に目に見える住まいのかたちにしてゆく。そのためには、一見複雑な人の気持ちを、整理して
理にかなった図面に表わすことが前提になります。
日々家族が暮らしていれば、気持ちのありようも一人一人違っていて当たり前。
お天気と同じで、日が照る日、曇る日、雨の降るような気持ちの日があります。
理不尽な要望も、理性で判断すれば、ひとつの豊かなかたちに実を結ぶから。
住まいにもある、理性的なかたち。住まいの理、ことわりを紐解いてみましょうか。
光 ~陰翳のある住まい
光りは、まっすぐ進む性質を持っています。その光りも、窓のありかたによって
「質」が変化します。東の窓から入る朝日や南向きの窓から射す暖かな光。
そのまっすぐな光りと等価なのが、北から入る光です。
安定した明るさをもつ、光の粒子が天井や壁にあたって反射しながら、部屋の奥へと流れていく。そのようすは日々、刻々と変わってうつろうものです。
古来、日本の建築は大きな屋根の下、広い縁に反射しながら広がりを持つ、
この光を上手に取り入れてきました。陰翳礼賛。光のことわり、楽しみましょう。
火と水 ~なくてはならないもの
人が暮らす住まいには、火と水が必要です。古今東西、竪穴住居の昔から
人が生きていくには、水を汲み火を灯すことが不可欠でした。
震災前、あれほど喧伝されていたIHが、パタッと止みました。
火が見えない住まいは、電気の流れが見えないのと同じように思えます。
暖炉の揺らぐ火が、人の心を和らげるように、水やお湯が毎日きれいに使え、
気持ちの良い、気の流れを創り出すような現代の住まい。
火も水も、自然なもので、火は暖かさや美味しさを、水は命をつなぎ涼を呼ぶ。
人が暮らす、住まいが自然なかたちならば、どうしてもそこに火と水が要ります。
空気 ~より自然な流れ
空気の流れは、様々なものを運んでくれます。春や秋には、ここちよい風が吹き
若葉の匂い、紅葉の木の葉の音を届けてくれ、夏には束の間の涼を、冬には
陽だまりの暖かさをのせて。気の流れを、川の流れに例えると、川の幅は変わらずとも、流れを澄んだものにすることが、住まいには求められます。
川幅を限られた土地に、流れをその場所に建てる住まいに置き換えれば、
どういうふうな空気があるべきか。まさにそれこそが、空間を作ることになります。
暖かい空気は上昇し、冷たい空気は下降しますし、狭い窓から入る空気は
広い窓へと動いて、部屋の中に流れを生み出しますから、それをうまく考える。
元気は元の気のこと。もともと、住まいのある場所には、流れがあるから、
上手いこと空気の気持ちをつかむように、心がけましょう。ことわりに寄り添って。
感覚 ~目を閉じて
デジタルな現代社会は、視覚偏重の時代をもたらしました。TVの場面にも、
音声に加えて、日本語の字幕さえテロップで流れる今日この頃です。
日の明るさも、真夜中でも白く均一に目立つコンビニに現われるように、
不自然な明かりになって、反って社会の闇が深くなったように感じる時代。
人と共存する生き物である犬は、同じ住まいの中に一緒に暮らしていても、
身体感覚は明らかに違います。カラダ全体で、空間を感じる、その感覚。
同じ生き物としての人間も、すこし前までは総体としての身体の感覚を持って
生きていたはず。幼い頃の、夏草のむせ返るような匂いが、記憶を呼び覚ます様な、手触りのよい手摺が、安心な昇り降りを呼ぶような、とある「かたち」。
静かな寝室、いい香りのする食卓。奥まったソファに寄りかかる場所や、
虫の声を聞く窓。目を閉じて、感じることの出来る居場所。要りましょう。
風土 ~育むかたち
豊かな日本の気候風土は、その地方独特の住まいのかたちを育むもの。
全国一律、均一に売られ買われ建てられる「商品」としての家には、風土という
視点は欠けています。地方ごとに変えていては「利益」が薄くなりますから。
風土には、ある「濃さ」があります。一筋縄ではいかない「強さ」とも言えます。
人の暮らしを守る住まいであるからには、その土地の環境に素直に応じた謙虚な
かたちを持つべきです。強い風の通り道ならば、それを受け流すような屋根を。
凄まじい力を持つ自然に、逆らうかたちではなく、巧妙にかつ注意深く読む形。
風土に根ざす住まい。植物のありようは、風土のことわりの通りです。